「国体の思い出」
副代表 古殿 義輝
途中、ドカ灰に歓迎された「かごしま国体・かごしま大会」が幕を閉じた。皆さんもご存じのように2020年に開催予定だった第75回国体は、新型コロナ感染拡大の影響で2023年に延期され、大会回数の付与されない「特別国民体育大会・特別大会」として、この度、開催された。2020年を目標にしてきたアスリート、無事に参加できただろうか。様々な事情で涙をのんだ方も多くいらっしゃるのではないか。逆に、延期されたことによって花開いた才能も多くあっただろう。運命なのか、巡り合わせなのか、何なのか、ほんと人の世はよくわからんことばかり。
アスリートだけでなく、大会に携わった全員、この3年間振り回され、それでも成功させねばという思いで本番を迎え、閉幕した今、安堵でも興奮でも、その余韻に浸れていればいいのになあと思う。私も、開会式以前に行われた水球・飛び込み競技のスタッフとして従事した。会場外の受付で暑かったなあ、マジ。発電式冷風機もぶっ壊れててよ。そんなことはどうでもいいが、会場全体の熱量は凄かった。ボランティアの方々も熱心。もちろん選手団も応援も熱い。「燃ゆる感動かごしま国体」のスローガンのように、鹿児島を訪れた方々が、鹿児島の地で何かしら感動し、鹿児島を好きになってくれたらいいなあと思う。
鹿児島県で前回行われた国体は1972年「太陽国体(第27回)」スローガンは「明るくたくましく うるわしく」。1972年といえば、そう、私が誕生した年である。まさしく太陽の申し子として鹿児島に生を受けたのだ。国体開催時の記憶がないので(そりゃそうよね)、ウィキペディアによると、メイン会場は鴨池陸上競技場。大会に合わせ県内の各所で近代的なインフラが行われその後の県勢に多大なる影響を与えた。熊本駅以南の鹿児島本線の電化及び一部複線化、九州自動車道の薩摩吉田―加治木間の建設、鹿児島空港の溝辺移転など。競技場建設のため市街地周辺の各所のシラス台地の丘陵が切り崩されてパイプラインによって荒田や天保山の浅瀬や塩田跡に送られ、現在の与次郎エリアの埋立地が形成されたとある。イケイケドンドンフルドンドンである。
そういえば、今国体開会式のため天皇皇后両陛下が鹿児島入りされた同じ日、御年51歳の太陽の申し子は組合業務で福岡は博多入りしたという。ある意味、組合本線的な一日を過ごしていた。そして、鹿児島で提灯奉迎が行われていた頃、「明るく たくましく うるわしく」育ったはずの太陽の申し子は、諸事情により左ふくらはぎ肉離れをおこし、一人寂しく誰も待つことのない灯りのない博多の宿へ足を引きずり帰るはめに。国体といえば肉離れ。これが私の思い出になったとさ。全治3週間だったとさ。皆様、今日も、おやっとさ。
鹿児島県鹿児島市鴨池新町5−7
電話 099-252-8585
