被爆79周年原水爆禁止長崎大会 報告

今年で79回目を迎えた原水爆禁止長崎大会は、全国から1000人が参加しました。8月7日の開会式、8日には6分科会・4ひろば・3フィールドワーク、9日の三菱電機原爆殉職者慰霊祭、閉会式・被爆79周年非核平和行進・爆心地公園での「黙とう」で、全工程を終了しました、

最終日の9日に、当時の三菱電機長崎工場の従業員4,000人のうち、鹿児島県人472人が尊い命を落としました。工場敷地内で、毎年行われる三菱電機原爆殉職者慰霊碑に、参加者7人が花束を献花しました。また、予定されていた、被爆者特別養護ホーム「かめだけ」のヒバクシャとの交流・施設訪問は、コロナ感染拡大に伴い入居者の安全を考慮して中止となりました。訪問が叶わないことから、皆さんからいただいたたくさんのタオルとバスタオル、田上町の空爆を経験した前市議の入佐あつ子さんが、平和への願いを込めて一本一本手作りした毛糸フラワー79本は「かめだけ」に郵送しました。後日「かめだけ」から、丁寧なお礼の手紙と写真(ホームページに掲載予定)が送られてきました。

8月9日午前11時2分、原爆投下時間に合わせて「黙とう」を捧げ、皆さんからお預かりした折鶴を献納し、参加者全員で平和を願いました。

 

被爆79周年 原水爆禁止世界大会長崎大会に参加して   奄美ブロック  力武 誠

8月7日から9日に長崎で開催された原水爆禁止世界大会に参加させていただきました。私が今回の参加を通して印象に残っているのは、それぞれの登壇者の方々の思いや、それらをとりまく現状です。
分科会「脱原発Ⅰ-脱原発にむけた全体の流れ」では、原子力資料情報室の松久保肇さんが原子力政策の問題点について分かりやすく語られました。3.11東日本大震災の直後は原発の様々な問題点などが指摘されたにもかかわらず、今ではGX脱炭素電源法等で原子力活用に舵を切っている状況で、基本方針として、事故防止ができなかったことを真摯に反省とうたいつつも、福島の声が政府の政策策定過程および国会審議の中で全く聞かれていない事実や、原子力政策検討の場において、審議会メンバーに市民代表の委員が少なく利害関係者の委員が多い状況や、原子力小委員会の進み方の中で2時間の会議は言いっぱなしの会議体で熟議が存在せず、質問やコメントに対しても事務所回答が無いか簡潔なものになっていて、選出委員の割合がそのまま決定に結びついている現状が語られました。次に登壇された特定非営利活動法人OurPlanet-TVの白石草さんが原発とマスコミ報道について、原発とメディアの関係とカラクリについて踏み込んだ視点で語られました。3.11以降の被曝を過小化させようとする動きの一つとして、漫画「美味しんぼ」福島の真実の中で鼻血が出た部分に対し、政府がありとあらゆる手段で抗議した経緯が時系列で紹介され、過小化につなげていた流れを具体的につかめました。
分科会「話芸で学ぶ平和と核」では、田辺いちかさんによる講談と古今亭菊千代さんによる落語によって、戦争により人生を翻弄された人々の様子について、実話をもとに語られました。やはり戦争状態になると、政府は国策に沿った話芸(戦争を肯定・鼓舞するもの)が推奨され、そうでないものに対する弾圧などが厳しかったことも登壇者により紹介されました。話芸で平和と触れ合うのは、私にとっては初めての機会でした。これまでとは違った心への届き方で新鮮でした。

2つの分科会を通して改めて感じたのは、被害者や被災地の声や真実をかき消そうとする勢力のあからさまな動きです。直視すべき問題に蓋をされることで人類が再び同じ過ちを繰り返すことになることを思うと、蓋をする勢力に負けない運動を展開することの大切さを感じずにはいられませんでした。

最終日は、朝食後に鹿児島県からの参加メンバーと共に行動し、三菱電機を訪問し、鹿児島出身の被爆者も多い原爆殉職者の慰霊を行ったり、閉会総会後は非核平和行進の後、爆心地公園に着いてから折り鶴を捧げ、参加者と共に黙祷を捧げました。閉会総会では、大会事務局長による総括や高校生平和大使によるスピーチの後に、特別報告が設けられ、鹿児島県護憲平和フォーラムの磨島昭広さんによる、馬毛島の現状をはじめとした鹿児島県内の問題点が語られました。共感の広がりを期待したいです。 被爆者の方の平均年齢が90歳に近づいていて、被爆体験を直接聞くことのできる機会は減りつつあります。私たちの役割は、そんな被爆者の方々の声に耳を傾け思いや願いを次世代へ継承していくこと、核兵器廃絶の草の根運動を絶やさないことであると思います。奄美では、毎月第一金曜日に反戦・反核のスタンディング行動を行なっています。道ゆく人々からの大きなリアクションなどはほとんどありませんが、それでも、私たちの行動を目にする中で、平和なくらしが続くことの大切さを心で感じているであろうことを信じて、あきらめずに続けています。今の自分にできることは何かを考えながら、今後も平和活動に協力していきたいと思います。

三菱電機原爆殉職碑へ献花                           磨島昭広さん特別提起

 

 

 

 

 

 

 

 

「被爆79周年原水爆禁止世界大会 長崎大会」に参加して      

                                     北薩ブロック 竹迫美和子(鹿教組)

長崎は反戦・反核の強い意志をもち,被爆地として恒久の平和を求める熱量が非常に高かった。本大会に初めて参加し,自分自身とても勉強不足で,平和や核兵器問題について知らなかったことが多かったことに気が付き,断片的に知っていた知識もより理解が深まった学びの多い3日間だった。1日目開会式行事の中での「長崎市の被爆体験者のたたかい」,「福島汚染水処理の現状について」,2日目分科会の「核ゴミの具体的問題」,「核廃絶」の学習,そして3日目「三菱電機慰霊祭参加」,爆心地公園での黙祷等の活動を通して,未だ解決していない様々な課題を学び,平和を維持する難しさや大切さを改めて感じた。

大会と平行して,今年は長崎市長が平和祈念式典にイスラエルを招待しなかったことに対して,日本を除く先進7ヵ国(G7)と欧州連合(EU)の大使が式典を次々に欠席するという報道があった。ジェノサイドを行う国に,大国の大使らが追随して欠席してよいのだろうか?長崎へ原爆を投下した米国は,追悼する意思はないのだろうか?国際社会が分断され,力関係等が表立ってしまったことを被爆地の長崎で深く考えさせられた。対して3日間の大会の行事や分科会の中では,戦争・原発・核兵器問題は「人権」や「倫理」問題であること,「対話」の重要性や平和問題を「自分ごと」として捉え,世論に拡げていくにはどのようにすればよいかということが争点になったことが印象的だった。高校生平和大使の生徒さんたちも3日間一緒に学んだが,分科会では講師の方に,大人よりも質問をたくさん行い,常日頃から平和問題について課題意識をもち,主体的に活動している様子が伝わってきた。私が日頃受け持っている生徒たちも,「最近の世界情勢が不安だ。」と語る子が増えてきている。これからの世代のために,戦争させない平和教育にもできる限り取り組んでいきたいと思った。

滞在中,長崎新聞をホテル近くのコンビニで購入した。8日の新聞には,「武力か,対話か。」 ~簡単に答えが出ない。その問いに向き合い.考え続けよう。~ という複数長崎県内企業の企画で広告が載っていた。(※1)閉会総会でも,鹿県護憲平和フォーラムの磨島さんが特別報告で述べられていたが,鹿児島県でも現在強権的に馬毛島基地建設やさつま町の弾薬庫整備計画,川内原発20年延長等が進んでいる。最近のマスコミ報道を見ていても,あらゆる事象に「対話」の2文字が見当たらない。平和を「武力」ではなく「対話」による平和的な外交努力で作られる日常を醸成していきたい。

最後に,一緒に鹿児島から参加された方々と語り合い,交流もでき,大変有意義な3日間だった。このような貴重な機会をいただき,感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

 

「被爆79周年原水爆禁止世界大会 長崎大会」に参加して     

南国交通労組 鹿児島支部 宮ノ下 亮

「知らない方が幸せなこともある」のは事実で、戦争も、原爆も、地震も、津波も、経験しないというのは、幸せな事だと思います。しかし世界では、これらの事象や、それによる被害は、今もどこかで起きています。平和に生きていたい、平和な世の中でありたい。戦争被害の現実から目を背ける事は、平和な世を実現することから、目を背けている事と同じだと思いました。

先の大戦の終結から79年が経ち、広島・長崎に原爆が投下されたのも同じ年月が経ちました。原水爆禁止世界大会・長崎大会に参加させていただきまして、後世に伝えていく難しさ、平和教育の大切さを感じました。

当時を体験した方々も少なくなり、歴史・記憶が風化していくのを見ていられないと立ち上がった、高校生平和大使の存在を、私は初めて知りました。彼ら彼女らは、核兵器廃絶の声を挙げ続け、核や戦争のない世界を目指していました。「微力だけど無力じゃない」の名に恥じない、素晴らしい行動をしていました。

8月9日11時02分、長崎の爆心地公園で黙とうを捧げた時、私たちが出来る事は、過去を学び、それを後世に伝えていく事だと思いました。皆さんも、自分の目で見て感じて、学んでみてください。 平和である事の尊さを、感じる事ができると思います。

世界が平和である事を、悲惨な被害者が出ない世界を願うばかりです。

 

「被爆79周年原水爆禁止世界大会 長崎大会」に参加して いちき串木野市職労  金丸舞人

【開会行事】所感:高校生平和大使の活動報告や被爆体験者訴訟の問題等を知ることができ、

とても貴重な経験になったと思う。

   平和大使は、例年の先輩たちから強い意志を受け継ぎ、自分たちで考え原爆の恐ろしさを伝えていた。今後もそれに続く高校生平和大使が現れ、後世に引き継いでいくことになることが、良い繋がりだと考える。

【分科会・フィールドワーク】所感:今回、「ヒバクシャ-ヒバクシャ継承・二世課題」の分科会と「ヒバクシャと語ろう」のフィールドワークに参加した。分科会では、被爆2世運動の現状や実際に起こった風景等を知ることができた。現在世界での核弾頭数は9,583発(2024.8.7現在)であり、昨年よりも少なくなってきてはいるが、核実験は続いている。長崎に原爆が落とされてからは実験のみであり、核兵器が一般人を巻き込むことはないという。戦争の恐ろしさを経験する人にとっては、核保有はあってはならないことだと考える。

フィールドワークでは、実際に被爆体験をした方の生の声を聞くことができた。想像を絶する生々しさであり、原爆の恐ろしさや悲惨さを聞くことができたのは貴重な経験となった。

【慰霊碑墓参・閉会式・非核平和行進】所感:被爆体験訴訟が問題視されており、今後流れが気になるところである。

また、核に対する知識や、現在の状況等を知ることができ良い大会だと感じた。

 

 「被爆79周年原水爆禁止世界大会 長崎大会」に参加

私鉄鹿児島交通労働組合  野村 太志

8月7日~9日で長崎被爆79周年原水爆禁止世界大会・長崎大会に参加しました。1日目は開会式で、全国各地から高校生大使館が集まり、原爆の歌を聞き、とても感銘を受けました。2日目は落語と講談で、原爆後の話を聞きました。自分自身初めての落語と講談だったので、話に夢中になりのめりこみました。3日目は閉会総会に参加した後、デモ行進をして平和公園で黙禱をしました。今回初参加という事で、様々な経験が出来ました。また、今回教わった事を周りの人に伝え、戦争のない世界にしてきたいです。