軍事要塞化が進む奄美群島の島じま

衆議院選挙の最中10月23日から11月1日まで日米共同統合演習(キーンソード25)が、奄美群島各島々(奄美大島本島、徳之島、沖永良部島、喜界島)で行われるということで、「奄美の自然と平和を守る郡民会議(主体は、奄美グロック護憲平和フォーラム)」は、日米軍事訓練中止をも求める抗議行動を行ないました。

まず、10月18日(金)に、瀬戸内町、宇検村、大和村、奄美市の首長へは「中止要請行動」をしました。龍郷町へは郵送で提出しました。

要請事項は、「1,奄美大島、奄美駐屯地、瀬戸内分屯地内での日米軍事訓練に反対すること。2,奄美大島内の公的施設を軍事利用に供与させないこと。」等を要請しました。瀬戸内町長は、「南西諸島の安全保障上の訓練は必要と考える。」と、これまで通りの回答でした。10月21日(月)には、17:30から名瀬小学校校庭で70名参加の「10・21国際反戦デー・奄美総決起集会」を開き、市街地を「戦争反対」「奄美を戦場にするな」「自然を守ろう」とシュヒレヒコールを上げながらデモ行進を行いました。

訓練初日23日には「奄美駐屯地」、「瀬戸内分屯地」玄関前で、ミニ抗議集会を開き、それぞれの基地立ち入り境界線上で、防衛大臣・中谷元様あて『頻繁に奄美群島で行なわれている日米軍事訓練の中止を求める要請書』を手渡しました。

10月24、25、26日(木・金・土)は、徳之島で抗議行動を行ないました。3日間『島民の暮らしを脅かす日米軍事訓練に反対しよう』と、島内一周の街宣行動をしました。25日(金)には、徳之島町役場庁舎前交差点で、「日米軍事訓練反対集会」リレートーク・スタンディングをしました。30分間で、たくさんの軍事車両が集会に関心を示しながら往来していました。

徳之島での今回の日米訓練の場所は全島18か所(昨年、離島で初めての陸自統合訓練では、17か所、今回の場所の選定はすでに行なっていた?)に上っています。滞在中の3日間は雨にたたられ、訓練中止や天候調査中のため、目ぼしい「訓練の場」には、立ち会えませんでした。

徳之島北部の、徳之島町手々海浜公園では23日、千葉・木更津駐屯地、陸自のV22オスプレイが離着陸訓練を行っています。この機体は、帰路、海自鹿屋航空基地に予防着陸をしたと報じられていました。その海浜公園では、24日にも米軍嘉手納基地からCV22オスプレイ2機が、米海軍、自衛隊員15人が上陸、車両で山間部へ移動「山地機動展開訓練」を行ないました。4時間半後、先のオスプレイが再び飛来し、訓練後の軍人、隊員を乗せ沖縄に戻っています。残念なことに、私たちは24日の「山地機動展開訓練」の時間帯を察知する事が出来なく、26日にオスプレイの離着陸をした後の芝の焼け焦げを確認するだけでした。

また,伊仙町・犬田布岬公園では、「戦艦大和撃沈・慰霊の塔」を見学するために訪れている観光客の傍で、多用途。無人機偵察機(ドローン)の発射訓練や機体回収のための訓練が行われていました。

徳之島町花徳海岸では、沖合で待機中の米海軍郵送揚陸艦からホバークラフト小型揚陸艇で上陸し、水陸起動団10人、海兵隊8人と輸送トラッ3台を揚陸、そのまま山地を含む「生地訓練」に向かったと報じられています。徳之島町神之嶺ヘリポートでは、陸自CH-47大型輸送ヘリで高度二千mまで上がり、陸自第一空挺団員20人、海兵隊5人、カナダ軍3人が隠密・ピンポイントで降下する「自由降下訓練」を行ないました。その後も、偵察・潜入の任務の訓練をしたと報じられています。今回の訓練では、カナダ軍、アメリカ軍などの外国軍隊が関連する「訓練の告知」は、「各自治体」「島民」に徹底されていない様です。

奄美空港では、昨年の陸自統合訓練に引き続き、10月の27、28日(日、月)に那覇基地からの陸自、F15のタッチアンドゴー訓練が行われました。奄美空港は、まだ「軍事・特定利用空港」には、指定されていないのもかかわらず、「航空自衛隊基地が使用できない事態を想定しての訓練」だと、説明されています。

このように、奄美群島では毎年、日米軍事訓練「キーン・ソード」「オリエント・シールド」「アイアン・フィスト」名を変えて頻繁に行われている状況です。

米国の戦争準備のために「台湾有事」を想定しての軍事訓練は、偶発的なトラブルを産み、奄美群島民が犠牲を被ることに可能性も否定できません。

今後さらに実働演習を必要とする事態にならないように、自衛隊の全ての武器・戦力を放棄し、外交努力を徹底することが国の安全保障に直結していることを、私たち団体は、訴え続けなければなりません。