「120年前の日本に凄いやつらがいた」
代表 下馬場学
表題は映画『草の乱』のポスターの宣伝文句。20年前に作られた秩父事件を題材にした映画である。恥ずかしいながらその映画の存在を知らなかった。今から言えば「140年前に」とな
るか?秩父事件は1884年(明治17年)に悪徳金貸や政府の悪政を批判し、貧民の救済を訴えて埼玉県秩父地方で起こった日本近代史上最大の農民蜂起である。
話は変わるが、わたしの友人がさつま町議選への出馬を決意した。投開票へまで1ヶ月を切ったあまりにも突然の決意であった。さつま町への弾薬庫建設計画反対運動に中心的に関わってきた人である。一部の人たちだけで防衛省への要請行動を行い、国も絶好の好機とばかりに候補地に選び、2年間の調査機関の途中でありながら、来年度予算に設計費を計上するなど、住民を全く軽視した行為を行っている。永年、教職員として子どもたちと「差別のない平和な社会」をめざしてきた自分が、このままこの蛮行を許していいのかの思いからの強い決意であった。馬毛島そして辺野古おいても、権力は国民の思いに全く目を向けない構図がここでも繰り返されている。
秩父事件において、蜂起した農民たちは何回も政府に要求を出すが歯牙にもかけられず、時の内務卿・山形有朋は「国民が困窮しているかといって減税を軍国化が遅れると、日本の国は一流国になれない(ダイジェスト版で薄ら覚えながらこのような意味)」と嘯きながら農民を弾圧する権力への抵抗であった。国民が物価高・低賃金にあえいでいるとき5年間で43兆円の軍事費、トランプ大統領に「より一層」と3%を予想させる・約束する首相。今の日本の状況と酷似している。
秩父事件では、1年間で倍になるような「高利貸」の返済を長期化できるよう政府としての対応を求める経済面での闘いと同時に、「現政府ヲ転覆シ直チ二国会ヲ開ク革命ノ案ナリ」と『真っ当な国会開設』を求める民主主義の闘いでもあった。
与党の過半数割れによって、与党は野党との協議に応じようとしている状況が今あるが、「閣議決定」を繰り返し、国会を軽視してきた自公政権、国会議員と金の問題が政治の大きな課題でありながらも、商品券を配る首相。友人の英断に対しエールを送ると共に、社会の主人公として民主主義を守る者として、今自分に何が出来るか、何をしなければならないかを自問したい。
鹿児島県鹿児島市鴨池新町5−7
電話 099-252-8585
