被爆80周年原水禁世界大会広島大会に参加して
県護憲平和フォーラム 下馬場学
8月4日から6日にかけて被爆80周年原水禁世界大会広島大会が開催されました。鹿児島の状況を全国に、全国の状況を学びたいと今年も参加させてもらいました。
<折鶴行進・開会総会>
広島大会は1日目の折鶴行進から開始します。平和公園から県立総合体育館までの行進です。いつも猛暑が心配されますが、今年は曇り空、最後には霧雨も降る快適な行進でした。右翼の街宣車の音が聞こえます。
開会総会では金子共同実行委員用が、今でも「1人も助けられなかったこと」の悔い・「健康への不安と心の傷」を被爆者が持っていることの意味が提起されました。人間が起こしたことの結果です。また、被爆者の箕牧きんの「世界の皆さん。被爆者が生きている間に核兵器をなくしてください」の叫びが耳に残っています。
福島からは、復興作業が進んでいるかのような報道のがあるが、汚染水・汚染土などなどに見られる復興へのロードマップが全く見通せないこと報告されました(わたし自身も6月現地を訪れ、帰還困難地域の住宅、堅く門扉で閉ざされた住宅の朽ちていっている実態、自転車・バイク・自転車通行禁止の実地、大意汚染濃度を見てその被害の底知れなさを感じました)。
<分科会>
2日目の分科会は「脱原発―脱原発の実現に向けて」に参加しました。
まず、原子力資料情報室の松久保肇事務局長が「日本が原発依存から脱却すべき理由」と題して報告を行いました。松久保さんは福島の現状とりわけ廃炉について、デブリの状況・「どの状況が廃炉」が規定・共通認識が共通理解されたいないこと・アルプスの底が抜けている事実・汚染水の排出口の濃度が徐々に高まっていることなどを具体的数値を提示しながら報告しました。また、核燃料サイクルと核兵器の関わり、これからの建設地調査・建設の時間と完成時のエネルギー需要状況の時間軸、コスト、気候危機と原発について提起がありました。
次いで、山口県の上関の自然を守る会の高島美登里さんから「上関中間貯蔵施設建設計画白紙撤回!!~核の財源に頼らず、自然を活かした町づくりを~と題して報告がありました。まず、建せ
設計画に至った経過―上関は中国電力の原発建設の計画地であったが、その豊かで貴重な自然環境から原発建設が進められない過去がある―が報告され、誘致の経過に電源公布金を地域活性化に期待している町の思惑があることと町民の状況の報告がありました。周辺の自治体の住民が反対していることに興味がわきました。守る会の反対の運動と同時に、「奇跡の海」と称される上関の自然の紹介とそれをいかし「核に頼らず自然を活かした町づくり」のとりくみが報告されました。川内原発では何が出来るのか、考えさせられました。
意見交換の場で下馬場から「九電の経営ビジョンについて、乾式貯蔵」の状況し、そして「政府・電力会社は、最終処分場の厳しい状況を踏まえ、乾式貯蔵を原発敷地内に併設することによって原発新設・増設を乗り切る」方針に変えたのではないか?と発言しました。柏崎刈羽原発かも同じような動きがあることの報告があり、上関の中間貯蔵も含め全国で連携していくことの必要性が確認されました。
<ひろば・話芸で学ぶ「平和と核」>
午後からはひろば・話芸で学ぶ「平和と核」」に参加しました。講談家の田辺一乃さんが戦時中の落語界・講談界の状況を話してくれました。話芸の命である人情話をすべて軍事国家のための話に変えさせられたことを具体的に話を挙げあれて教えてくれました。
また、第5福竜丸のことを知った講談家の田辺さんは都立第五福竜丸展示館に赴き話を聞き自分で調べて創った講談話を、落語家の菊千代さんは現在「芸人9条の会」と結成し、そのことで出演依頼が減少する中で活動していることを話してくれました。様々な場所で・活動で反戦・反核の活動がされていることに力を得ました。(「芸人9条の会」にはあの鹿児島出身の松元ヒロさんも参加)
<国際シンポジウム>
3日目は国際シンポジウムとまとめ集会でしたが、所用のためシンポジウムだけに参加しました。
国際シンポジウムは、染原水禁共同議長をコーディネーターにして、3人のパネラーの参加で行われました。染さんは核をめぐる世界情勢を解説しながら、虚構を暴き市民の力を結集しようと呼びかけられました。アメリカンのリリー・ドラグネフさんは「自己の犠牲を崇高目標」に変えノーベル賞を受賞した被団協を敬意を表すると共に、人々が塞ぎ立ち止まっても核は説を訴える被団協のように、「風下に立つ人々」という言葉で権力より大衆が力を持っていると訴えました。韓国のイ・トヨンアさん被団協が韓国被爆者をノーベル樹種会場に招待したことに触れるととに、3~4万人に被爆者がそのまま帰国し差別を受けた歴史や、長崎での被爆者が提訴し勝訴したが、「人道的理由」で「国家の責任」を認めていない事実を報告しました。また朝鮮半島の状況を話「終戦宣言」「平和的共存」を訴えました。日本の秋葉原水禁顧問は「2035ビジョン・2045ビジョン」を提案し、「核兵器」を認めよている日本政府の本音を紹介しながら、核兵器廃絶の前段階としての「核不先制使用宣言」を各国に求める運動を提案しました。中国・インドは不先制使用を宣言している事実、オバマ大統領の宣言を阻止したのは安倍首相であっとこを指摘しました(当時)。そして「非被爆者」が行動することの重要性を訴えました。
シンポジウムの会場に向かう市電の中、「もうすぐ8時15分になります。わたしが合図しますので黙祷をお願いします」と車内放送があり「黙祷」の合図で車内の全員が黙祷しました。初めての経験で驚きました(9日の報道で長崎でも同様に行っているのだそうです)。6日に立ち寄ったお好み焼き屋さんでは「peace」の文字をマヨネーズで書いてくれました。6日だけだそうです。
自分のいる場所で出来ることにとりくもう!改めてそう思わせてもらった3日間でした。ありがとうございました。
鹿児島県鹿児島市鴨池新町5−7
電話 099-252-8585
