9・18不戦を誓う日の集会 「 満州事変時と戦争法施行10年の今を比較して考える」

鹿児島ブロック主催で、満州事変の端緒となった柳条湖事件(1931年9月18日)を、その後の泥沼戦争に突き進んでいった歴史的事件として、戦争を二度と起こさない決意のもと、「不戦を誓う集会」を、鹿児島市国際交流センターにて、鹿児島県(加治木)出身で現名古屋の椙山女学園大学教授(憲法学)の吉井千周さんを招いて開催しました。

主催者の中村一則ブロック代表は、「関東軍が暴走したきっかけとされた柳条湖事件を改めて学びあい、現在の戦争出来る国へ突き進む現状に対して不戦の取り組みを強めよう」とあいさつ。

吉井講師は、『通常「太平洋戦争」と呼称される「先の大戦」だが、この名称は正確さを欠くもの。むしろ「日中戦争+日英米戦争」と呼称すべき。日英米間の戦争の前に、関東軍の傀儡国の満州国成立にいたる侵略の戦争があったことを明記すべき。日本政府は1933年に国際連盟を脱退するに至り、国際政治の舞台で「正当性」を訴える機会を失った。なぜこのような事態に立ち至ったのかについての考察が必要。軍部(関東軍)の暴走にのみ目を向けがちだが、当時のマスメディア(新聞)の役割が大きかったことに注目すべき。柳条湖事件当時の若槻内閣は「紛争不拡大方針」を取っていたが、関東軍の謀略を覆い隠し、満蒙地域を日本の生命線と囃し立て、軍部の暴走に大きく関与した歴史を忘れてはならない。今の日本でも、戦争法審議で国論が二分している時期に、自民党高市早苗は「マスコミの報道の不偏不党・公平公正を守る」と称して、偏った(高市から見れば)報道への政治の介入を公然と明らかにした事実があった。

 憲法学者の殆ど全てが反対した「集団的自衛権行使容認」を安倍政権内閣が国会論議を無視して、閣議決定で強行突破して10年目の節目の日に、改めて憲法を護ることの重要性を訴えたい。この法律の制定により、日本は戦争の出来る国に変容したことは明らか。

こうした状況の中で、論評も出来ない滅茶苦茶な参政党の憲法改定案と右翼排外主義論調の跋扈に危機感を感じる。

私たちが未来に対して出来ることは何かを、自らの頭で考え、不断の努力で憲法を護るとりくみを進めよう。』と熱く語っていただきました。

平日の午後6時からの開催にもかかわらず、96名の皆さまにご参集いただきました。参加いただきました皆さまに感謝申しあげます。