参院選に感じた危機感

副代表 中川路 守

投票率が20年ほど前の水準に戻った今回の参院選。有権者の政治への意識の高まりだと言われますが、様々な視点からの検討が必要だと考えます。とりわけ参政党をはじめ、自民党や日本保守党、N国党等が外国人叩きを公然と発言したことは衝撃的でした。差別と分断を助長するかのような政策の主張が顕著でしたし、それを支持する人々が増えたのでないかと懸念を覚えました。

そもそも日本経済が落ち込んだのは外国人のせいではなく、政治の失敗です。少子化で働き手が不足して外国人労働者に頼らざるをえなくなったのも政治の失敗です。政府や経営者が非正規雇用を拡大させて労働者の賃金を抑え込んできたことは一顧だにされず、あたかも外国人労働者が増えたことに責めが求められました、春闘によって大幅な賃金上昇を勝ちとっても実質賃金はマイナスを続けています。そんな国民の不満と不安につけ込むようにして「悪いのはあなた(日本人)じゃないよ」とささやき、「日本をなめるなよ」と外国人を敵味方の二項対立の構図に置くことは分かりやすく、国民は批判的思考を停止させられたのではないかと思います。外国人による犯罪の検挙率や留学生の国庫負担の現状が示されることはなく「怖い」「悪い」というイメージがふりまかれ、国民の不満のはけどころとして非常に魅力的に映ったのではないかと思います。さらに、ネットのアルゴリズムも手伝ってフィルターバブルに包まれ、それが桁違いにバズり、外国人叩きはたちまちネットのトレンドになりました。有権者が政策的にきちんと判断したのではなく、ネット社会のしくみによって、そう思わされてしまった面があったのではないかと思います。

「外国人」という属性を以て不満のはけどころを作るという発想は極めて危険です。今回の選挙戦で訴えられた政策において属性にもとづく線引きは「外国人」だけでなく、高齢者、LGBT等もありました。分かりやすいレッテルを相手に貼って「あいつは敵」と決めつけます。これが参政党においては顕著でした。「日本人ファースト」が、やがては「若者ファースト」「健常者ファースト」等「○○ファースト」が増え、どんどん「線引き」が強まっていく。既に「線引き」は始まっていると思った方がいいと思います。「自分は関係ない」と思っている内に気がついたら「線の外側」にはじかれていた。参政党に限らず、社会の分断につながりかねない政策主張に対しては、きっちり批判をしていかなければなりません。いろんな属性があっても、お互いに建設的なコミュニケーションをつくっていく社会こそが大事です。ドイツの牧師マルティン・ニーメラーの詩を思い出します。「ナチスが共産主義者を連れさったとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。彼らが社会民主主義者を牢獄に入れたとき、私は声をあげなかった。私は社会民主主義者ではなかったから。彼らが労働組合員らを連れさったとき、私は声をあげなかった。私は労働組合員ではなかったから。そして彼らが私を連れさったとき、私のために声をあげる者は誰一人残っていなかった」と。ニーメラーが周囲の状況に不安を覚えつつも声を上げられなかったという状況は、まさに「外国人叩き」を主張する政党が勢力を伸ばした今の日本社会と同じではないでしょうか。